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昨年度末から壱岐・対馬遠征まで予定が詰まり、島にきてからはじめて多忙といえる状態になった。私は時間があると課題を先送りしがちなので、予定が絶え間なくある状態のほうが好ましいと思っている。そういうわけでこの期間は充実した時間を過ごすことができていた。
ところが一転して6月に入り、島に帰ってくると急に予定が少なくなり、なんだか脱力してしまった。
釣りに対する意欲の減退は深刻で、大物釣りのシーズンである6月に釣りをしないと後悔することは頭ではわかっているが、体が動かない。
釣りなんて所詮趣味なので、無理矢理やるようなことではない。
なので、今は再び釣りをしたくなるまでしばらくおとなしくしていようと思っている。
話題は変わって、以下は2026年の高知遠征および壱岐・対馬遠征の感想を記そうとおもう。
私の釣り遠征歴はもう20年以上になる。
「釣り遠征ツアー」という形態の釣り遠征は海外遠征ではよく行われているが、国内ではまずそういうものはない。
したがって国内の遠征は場所、ターゲット、釣り方など大きなカテゴリーの事から現場で風向きや天候を考えてどこのポイントで竿を出すか、また限られた予算のなかでお金をどう使うのかといったあらゆる事柄を自分で決定していくことになる。
私のこれまで行ってきた釣り遠征はガイドを雇ったモンゴル遠征以外はすべて自分と同行者で1から10まで遠征を組み立てていくスタイルのものだった。
そして遠征の結果についてはすべて誰のせいでもなく自分が受け止めるだけ。天候に恵まれず釣れなくても、予想だにしないハプニングで釣れなくても誰のせいでもない。自分のリサーチ能力が足りなかった、運がなかった、ただそれだけ。
上記した釣り遠征の組み立てと結果に対する始末は会社の経営に似ている。
自分の判断が結果に直結するし、判断したことの責任は全部自分に返ってくるというところは完全に一致している。
私はこれまで様々な仕事をしてきてそれぞれの職場でとても良い経験をさせてもらったが、雇われで仕事をしているときはこれからやることに対して情報を仕入れ、分析し、そこから自分なりにどう行動するか決断するというプロセスを本当の意味で「自分事」として実行したことは一度もなかった。
そして、結果に対する責任が自分ひとりにかかっていないような判断をどれだけしても判断力及び決断力は上昇しない。であるから私はサラリーマン時代には仕事を通して判断力及び決断力というのはちっとも上がらなかった。
これは私だけでなくほとんどのサラリーマンの人が同じだと思う。
結局のところ”自分事”としての本当に真剣になるのは、自分で自腹を切って物事にあたる時だけだ。
上記した考えからこれまでの自分を鑑みると、私の判断力・決断力を高めてくれた活動は唯一釣りのみだったと考えられる。
もちろん、判断力・決断力を高めるために意図して釣りをやっていたわけではないが、釣り遠征の組み立てのプロセスややり方がそのまま今の自分の仕事のしかたにダイレクトに繋がっているのは間違いない。
当然ながら、釣りをしてきたことが自分の仕事に益するというのは全くもって予想外の効用である。
昔、部活の後輩に「もし今、結果が出なかったとしても真剣に取り組んだ経験というのは必ず自分に有益な何かを残す。」とアドバイスしたことがあるが、今まさにそのことを身を持って実感している。
もちろん釣りはただ楽しいだけなので、真剣に取り組んだというとちょっと語弊があるが、とにかく熱量を高くもって取り組めば遊びだってそのうち本業の役にたつ可能性は十分に考えられる。
実際に私は役にたった・・・気がするw
あとになってそんなことを考えた高知および壱岐・対馬遠征でした。